hamさんのひとり言。

昔の話、今の話、自由に綴る波乱万丈の我が人生。

嬉しくない誕生日??

birth05 誕生日昨日2月18日はhamさんの74回目の誕生日、若いころは60歳以上の人を見ると、年寄りが!ましてや70歳以上の人を見れば、爺爺が!と思ったんだが、今は自分が爺爺になっちゃったなー、しかし自分では70歳を超えているなんて認識は全くない、、最近は新聞のお悔やみ欄によく目がいく、六年前に癌で入院手術をしたこと、1年半くらい前から腰痛に苦しみ3か月ほと仕事を休んだ以外は大した病気もせず、いまだに元気で働けることに感謝だ。趣味の山登り、史跡巡り、ドライブ、などなど無理のない程度に続けたいと思うし、まだまだやりたいことが沢山ある、もうすこし元気でいたいもんですね、、、

パナマ運河通過

日正丸 パナマ
メキシコのタンピコを出港いらい順調にカリブ海を南下しパナマの大西洋側のクリストバルに入港した。往航時と同じく燃料と水を積み込むためだ、燃料の積み込みが終わり次第パナマ運河に向かう予定になっている。短い時間だが散歩を兼ねて町に出かけてきた、一人歩きは人通りの少ない路地に入らない事だ、二人連れの子供が走ってきて体にぶつかって財布を抜く、子供だからと言って馬鹿に出来ない、、

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燃料の積み込みが終わると運河を通行するパイロット、作業員が乗船して直に出港した。間もなく一番目の閘室に入り閘門が閉められ海水が入れられ海水が増え本船も少しづつ船位が浮上する、二番目の閘室と同じ水位まで船が浮上すると船首の閘門が開き両岸から機関車が本船を曳くわけだ(写真)、三つの閘室を通り海抜26メーターのガツン湖に入る、ガツン湖を航行し太平洋側では三ヵ所の閘室を通り、今度は逆に船を下げていき太平洋岸のバルボアに着く、待ち時間などを含め約24時間くらいかかる、、、

日正丸 パナマむかい側は反対に大西洋側に向かう船が通るようになっている、ちょうど北欧船籍の貨物船が通って行ったがデッキで女性がデッキチェアーで日光浴だ、日本船とだいぶ違うね、デッキで景色を眺めていると飽きる事はない、長い航海で髪も伸び放題だ、日本の入港前にまた司厨長にお願いして散髪をしてもらおうかね、、


初雪

近年は温暖01CLP20583化の影響だろうか暖冬傾向が続いているが、今年は特に全国レベルで暖冬のようだが、ご当地の大分市も例外になく暖冬である。初雪のニュースがなく「今年は初雪の知らせがないまま春を迎える可能性がありますね」と数日前の気象予報士の話、、ご当地では1972年2月9日の初雪が最も遅い初雪であったとの事だが今年はそれを更新していた。しかーしだ!けさ出勤時にラジオを聞いていたら「きょう午前3時半に大分地方気象台で初雪を観測しました」とのニュースが、、、えー、初雪?どこに??九州地方には今冬一番の寒気が入り込む予定で夕方から明日の朝にかけて警報級の雪が降る可能性があるとのことだ、、雪国出身のhamさんにとっての雪が降ると言うと少なくとも10~20センチくらい積る、午後になると少し気温も下がってきて時々車のフロントガラスに米粒の半分くらいの雪の結晶らしきものが付くが1~2秒で溶けてしまう、これが南国の初雪だね、、ご当地に引っ越して7回目の冬を迎えているが今までに雪らしい雪は見たことがない。天気予報では明日の朝にかけて平野部でも2~3センチの積雪があるかもしれない、との事だが、内心、大きな声では言えないが、2~30センチくらい積もらないかなー!営業車はスタッドレスタイヤを付けているが、まともに運転できるドライバーはいないだろう、、、

日本名水百選 男池(おいけ)湧水群

男池
国道210号線の由布市庄内町から県道田野庄内線(621号線)でやまなみハイウエイの長者原方面に向かうと庄内町阿蘇野地区に「日本名水100選」に選ばれている男池(おいけ)湧水群(写真)がある。阿蘇くじゅう国立公園の一角を占める黒岳北麓の美しい原生林内に湧く名水である。九重連山、黒岳などの登山口にありhamさんも何度も行っている。

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環境庁の「日本名水百選」に選ばれた男池(写真)は年中12,6度Cの水温を保ち、1日約2万トンという豊かな湧水量をほこっている。池の底まで透き通りモクモクと湧き出る水は神秘的だ。男池(海抜850m)は夏の最高気温が25℃で低地と比べて6~7℃低くすごしやすい。男池を基点に1.4kmの遊歩道が設けられていて原生林の中を森林浴も楽しめる、また黒岳にはシャクナゲが群生している。男池の東2kmくらいのところに二酸化炭素が含有された天然の炭酸水、白水(しろみず)鉱泉があり、県内には他に、竹田市の竹田湧水群、豊後大野市の白山川、が「名水百選」に選ばれている。

大分百山 倉木山(1,154m)

倉木山
2016.10・02
9月に入り天候不順で週末はいつもはっきりしない天気で山行は諦めだった、雨の中をカッパを着てまで行く気はない、8月下旬に行った尺間山以来になる。10月か11月には傾山に登る予定ではいるんだが1か月以上も登っていないとなると今の私の体力では無理なような気がする。体力つくり足慣らしを兼ねて由布岳の向かい側にそびえる倉木山(1,160m)に行くことにした。ガイドブックによれば歩行距離7,5キロで2~3時間だ、よし、この山に決めた!

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九州横断道路(やまなみハイウェイ)で由布岳中央登山口を過ぎて間もなく左に曲がり途中より林道に入るが登山口を見つけるのに苦労した。支度をして登山道を登り始めるが途中より急登コースと一般コースに分岐するが今回は一般コースを選んだ。樹林帯を進みパッと開けてきたが前方に頂上らしきポイントが見えてきた。

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倉木山
大分百名山、倉木山(1,154m)の頂上に着くと(写真上)360度のパノラマだ、前に豊後富士の由布岳がきれいに見えている(写真下)。休んでいると私よりも高齢と思われる、腰のウエストポーチに水のペットボトルを一本入れて首にタオルを巻いただけの軽装の一人の男性が登ってこられた、じもとの挾間町の出身との事で近辺の山はしょっちゅう散歩代わりに登っているとの事、内心、俺とはちょっと違うな、、この次に登る予定にしている近くの福万山の登山口などを尋ねると、何回も登っているので私が教えてあげますよ、これから一緒に行きましょう!との事、あまり気が進まなかったが折角のご厚意だ、一緒に下山して車で後に続くと、何と車の運転の荒っぽいこと、解りにくい登山口に着くと、何でしたらこれから一緒に登りますか!ときた、、体力的にも私よりはかなり健脚のようだし、この人とは性格的にも会わないな、、これからまたちょっと寄るところもありますし、、丁重にお断りして別れた、、、




大分百山 尺間山(645m)

尺間山
2016・08・22
今年の春より山の仲間つくりと技術の向上を目指して登山教室に行っているが、今回は大分県南部の佐伯市弥生にある霊峰尺間山(645m)だ。山頂には尺間神社があり、古くから霊峰として知られ毎年新年には御来光や初詣客で賑わう、今回は津久見市側の登山口より登り始めた。

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途中からは400段の石段を登っていく(写真)

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尺間山
海抜645mの尺間山山頂にある霊峰尺間神社(写真)は、釈魔大権現とも言われ、東九州の霊場として全国から参拝者が訪れます。日豊海岸国定公園にも指定されており、天見ヶ平展望台からの景色は格別で、四国・豊後水道・太平洋を眼下に望め、明治の文豪国木田独歩は二度登っています。大晦日は御来光を目当てとする参拝客で特に賑わうようだ、、、
 

英彦山(ひこさん)登山

英彦山
2016・07・10
以前より福岡県田川郡添田町と大分県中津市山国町とにまたがる標高1,199mの英彦山(ひこさん)に登るべく機会を待っていたが本日決行だ。英彦山は福岡県では2番目に標高の高い山で人気のある山である。耶馬日田英彦山国定公園の一部に属し、日本百景、日本二百名山の一つに数えられ、また弥彦山(新潟県)、雪彦山(兵庫県)とともに日本三彦山に数えられる。
天気予報ではイマイチだが梅雨時だ、そうは贅沢も言えない、曇りだが決行する事にした。午後からの急変も考え04:40に家を出発、大分道で日田ICまで向かい国道211、500、と経由し07:20に英彦山神宮の表参道コースの駐車場に到着した。支度をして有名な銅鳥居(あかとりい)(写真)をくぐり参道の石段を登っていく、ウオーミングアップにはちょうど良いな、、、

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英彦山は出羽(現山形県)の羽黒山、熊野(現奈良県)の大峰山と並び日本三大修験道の霊場とし名をとどろかせ、九州全域の人々の信仰を集めていた。江戸時代の最盛期には、「彦山三千八百坊」といわれ、3,000人の衆徒と坊舎が800を数えたと伝えられています。銅鳥居(あかとりい)から約20分で奉幣殿に到着するが途中の参道には沢山の旧跡が残されている。奉幣殿の鳥居(写真)をくぐると暫くは長い石段を登って行く。登山道はさすがに整備されているが夜半の雨で岩などが滑りやすい状態だ、結構きつい登りが続く、朝が早かったため寝不足で体調が決して良くは無い、頂上まで残り800メーターくらいからペースが落ちる、数十メーター登っては休み数人の登山客に追い越されるしまつ、、

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銅鳥居を出発して3時間近くかかってしまったが何とか英彦山山頂(写真)の中岳に到着した。頂上には英彦山神宮の上宮があり参拝をした。今回は雨上がりに気温も上昇し蒸し暑くて参った、体力を消耗した原因でもあろう、ちょっと時間が早いが体力も消耗したしコンビニで買ったオニギリを食べて昼食とした。1時間ほど滞在し下山は他のコースも考えたが午後から雷注意報も出ていることだし天気の急変も考え今回は同じコースを下山する事にした。頂上で補給もしたし帰りは予想を上回る早いペースで下山し奉幣殿に到着した、、、

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銅鳥居のある地点から奉幣殿までは一般の参拝客が多いためスロープカーが走っている、決してバテタわけではないんだが周りの景色を眺め話のタネに乗ってみた(写真)、前方の山は既に雨が降っているのが解る、間もなくこちらも雨になるはずだ、できれば今度は紅葉の時期に来てみたいね、、、

英彦山
蒸し暑さで大汗をかき気持ちが悪い、駐車場の近くに温泉施設がある(写真)、こりゃ汗を流さない手はない、と言う事でざっぷりと温泉に浸かり疲れも吹っ飛んだ感じだ。温泉を出て帰路につくと間もなく雨が降り始め次代に本降りになった、ナイスタイミングでしたねー、

大分百山 霊山(りょうぜん)

霊山
2016・07・24
本来であれば明日は登山教室で傾山に行く予定で、今日の日曜日は出勤する予定であったがグループ登山では高低差、歩く時間、などからして他人に迷惑をかけてはいけないし今回は欠席とした。昨年登った祖母山と同じくらいなんだが結構きつかった、秋にでも個人的に傾山に挑戦しようと思っている。急遽大分市内にある大分100山に数えられる霊山(りょうぜん)に登ることにした。つい最近までよそ者の私は霊山・れいざんと読み修験の山と思っていたがネ、、いや恥をかくところでした。市内の南に位置し市民に親しまれている山である。早朝に家を出て山麓にある霊山寺の横の登山口に向かった。10数台は止められる駐車場には1台止まっていたが登山客ではなさそうだ、この登山口からは一番乗りだな、、準備をして霊山寺の横のコンクリート道を進み登山口(写真)へ、

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木立の中を息を切らして登って行く、登山道は登りやすく、1合目ごとに頂上まで案内板が立っているので励みになる。小鳥のさえずり、セミの合唱を聞きながら登って行くが早朝とは言え暑いのには参る、そして もうすぐです 200m の案内板(写真)に元気が出る、、、

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途中、2~3回の水の補給だけで一気に登り頂上に到着だ(写真)頂上からは木立の隙間からの展望だけだが標高こそは低いが達成感は変わらない。

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頂上から展望所方面に少し進むと三角点の頂上(写真)がある。

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霊山
三角点からさらに第三、第二展望所(写真)と進み、こちらで休憩だ、大分市街は勿論、別府湾から国東半島、鶴見岳、由布岳などが望める。30分ほど休み下山を始めたが途中で10人ほどの登ってくる登山客に会った。駐車場にある霊山寺に参拝し昼前には帰宅だ、、、それにしても暑かったねー、、


 

来ました、大仕事!

テレビ中継車 昨日は東京から来られるタレントの〇〇〇〇〇、、さんをお迎えに空港まで、過去にも2回ほど空港にお迎えに行ったことがあるので要領は解っているが有名人だ、失礼があってはいけない、、今回は空港から県南までの長距離だ、無事に目的地まで送り届けて一安心、しかーしだ!これで終わったわけではない。翌日(本日)またお迎えに行き、東京へ帰られるため空港までお送りしないといけない、問題は車の燃料だ、ガソリン車ならばまったく問題ないんだがタクシーはほとんどがLPGガスで、どこでも補給できない、空港へ行くときに燃料を満タンにしたので大分までは帰れるが夜になるためガススタンドは終わっているし、夜の勤務の相番のドライバーが安心して仕事ができるように、今日またお迎えに行くためにはどうしてもガスを補給しておかなければ燃料が持たない、、あらかじめ調べておいた県南のガススタンドにより補給して空車なので一般道で夜営業所に戻り夜の交代者に何とか間に合った。疲れたねー、、今朝は目覚ましで4時半起床、6時半に営業車を出庫した。燃料のガスもだいぶ減っている、このまま県南の目的地まで行き、お客様をお供して空港まで行き、また戻るには燃料が心配だ、前日のガススタンドに寄りガスを満タンに補給し目的地へ、予定時刻にはぎりぎり間に合う計算だがスタンドが開く時間の関係で苦渋の選択だ。土曜日で道路も空いていて順調に走り予定の5分前に到着。やれやれ!ちょうど生中継の最中だ、、15分ほどで終了し、ゆっくりする時間もなく、じゃー運転手さん、今日もよろしくお願いしますよ、じゃー空港へ向かいましょうか!と言う事で空港へ向かうが、やっぱり気も遣うね、、こちらから話しかければ気軽に答え、有名人にしては気さくだね、、個人的なドライブなら一日300キロくらいはあまり苦にならないが、仕事でお客さんをお供して連日の300キロ以上はさすがに疲れたね、、、

豊後一の宮 西寒多神社(ささむたじんじゃ)

西寒田神社
大分市寒田(そうだ)にある、豊後一の宮、西寒多神社(写真)、しかし豊後の国にはもう一つの一の宮、柞原八幡宮(ゆすはら)が存在する。しかし一つの国に一の宮が複数存在するのはここだけではない、私の故郷の越後の国にも、弥彦神社と居多神社(こたじんじゃ)がある。どちらにもそれぞれの歴史がありどちらが本当の一の宮かは私には解らない。
創祀は遠く、応神9年4月西寒多山上(本宮山)に宮殿を建立するとあり、延喜式内の大社として国司をはじめ武将の信仰があつく、特に大友能直、大友宗麟をはじめ代々の尊崇厚く応永15年(1408)3月、大友親世が社殿を現在地に遷し、家内安全、婚姻、学業、農業、食物、交通安全、などの守り神として人々の崇敬が深く、明治4年5月14日、国幣中社に列格され、豊後の国の一の宮として現在に至る。戦後神社本庁の別表神社となった。宝物として大友宗麟が愛用した印章、大友能直、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の古文書を有している。

西寒田神社
西寒田神社
26,506平方米の広い境内には樹齢450年と言われる、ふじ(市指定名木)があり毎年5月3日~5日まで、ふじ祭りが行われ(写真上)多くの人で賑わい、樹齢100年と言われる数百株の平戸ツツジも見事だ。また参道入り口の石橋、萬年橋(写真下)は県指定有形文化財に指定されている。
プロフィール

hamさん /波夢

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