hamさんのひとり言。

昔の話、今の話、自由に綴る波乱万丈の我が人生。

2022年04月

いつも仕事中に(空車の時)ラジオを聴いている、別に怠けているわけではなく、私の場合はハンドルを握っている時は、何かラジオが鳴っている方が(聞き流している程度だが)運転に集中できる気がする。地元の民放の放送で、今週はリクエストなどで昭和の曲を流しているが懐かしく聞き入っている。子供の頃は我が家には未だテレビが無い時代、夜の娯楽はもっぱらラジオだ。その中でも夕方の15分くらいだった記憶があるが「1丁目1番地」日曜日の夜7時半からだった記憶があるが「三つの歌」「今週のみょうじょう」「アチャコ青春手帳」など等が特に印象に残っている。

司会の宮田 輝アナウンサーの 「みんなに親しまれた古い歌、だれでも知っている新しい歌……」の名セリフで始まる「三つの歌」は昭和27年(1952)1月7日から昭和45年(1970)3月30日まで18年3カ月にわたり放送された(1953~1957まではNHK総合テレビでも同時放送された)。出場者が天地真佐雄さんのピアノの伴奏をヒントに曲目を類推し、さらに歌詞を正しく歌えるかを競う、「歌謡クイズ番組」である。出場者は最大3曲の歌唱に挑戦し、3曲すべて歌えると賞金2000円、2曲で500円、1曲で300円が獲得できた。よき時代だったね、、、
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u13989399タクシーコロナ禍が始まり3回目のゴールデン・ウイークがスタートした。昨年、一昨年のゴールデンウイークは非常事態宣言やら色々と外出の規制があり人出もさっぱりだったが、規制が解除されたゴールデン・ウイークは三年振りとなる。恐らくゴールデン・ウイークの前半はそこそこに動くのではないだろうか?と予測して出勤した。午前中は帰省するんだろうか、小さな子供連れの家族を駅まで何組かお供した。予想外だったのは結婚式が多かったことだね、駅やホテルから4回も各結婚式場までお供させていただいた、全て違う結婚式場だ。遠いのは、奈良県から結婚式に呼ばれて来ました!と言うお客さん。昼はコンビニでいつものパンとコーヒーを買い営業所で昼の休憩とした、一眠りして、そろそろ首都圏などから電車での帰省客が駅に着くころだなー、駅に行くと予想通り駅から離れた待機場所には待機の車が一台もいない、駅前の待機場所も数台いるだけ。久しぶりに駅から数回お客様をお供した。そろそろ終わりにしようかな、、するとすぐ近くのホテルに配車になった、四国の愛媛県から旅行に来たと言う若いカップル、ネットで調べて別府の〇〇〇〇〇温泉まで行くとの事、運転手さん、大分って都会ですね!と言う、お客さん、駅前だけですよ、、いや、こんなにビルが多いとはびっくりですよ!との事、明日は湯布院へ行くとの事だったが、お陰で運収も目標の大台を突破して予想外だったね、、、
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アケボノツツジ
夏木山のアケボノツツジ、残念ながら今年は行けなかった!
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旅立ち3ヶ月の休暇も終わり、とうとう乗船の日がきた。荷物は段ボール1個は代理店宛て宅配便で発送済み、カバン1個で十分だ。朝から重苦しい雰囲気の中、妻が1歳半になる長男を連れて南大分の駅まで見送りに来てくれた、ここからJRで大分駅まで行きタクシーで大分空港行きのホーバークラフト乗り場まで、そしてホーバークラフトで大分空港まで、ここから伊丹空港まで行く予定だ。電車が入ってきた、別に戦場に行くわけでもないんだが、やっぱり家族との別れは辛いものがある、今回はなるべく早く休暇下船する予定にしている。タクシー、ホーバークラフト、飛行機、タクシー、と乗り継いで午後の2時過ぎに大阪、堺の関西石油の桟橋に着くと121,298重量トン、全長265メーターの霞峰丸の巨体が着岸していた(写真下)、3ヶ月振りの姿だ、、
霞峰丸-4








タラップを登りながら、霞峰丸よ
又乗船してきたぜ、宜しく頼むな! 先ず通信長に挨拶、そしてキャプテン(船長)に挨拶、キャプテンは過去に2回他の船で一緒に乗船した事がある顔馴染みのキャプテンだ、、おー次席さん、来てくれたか、宜しく頼むぞ! 通信長は私が休暇下船の時に交替で乗船してきた先輩だ、そのまま通信長に昇進しほとんど引き継ぎも必要なしだ、そして本船での生活がスタートした。ポートパーサー(私も本社勤務の時にポートパーサーで何回となく各船を訪船した)に船員手帳、免状、印鑑、などを渡し公認の手続きをしてもらう。夕方5時にサロンルームへ食事に行くとデッキオフィサー、エンジニアー、みな顔馴染みだ、一応乗船の挨拶を済ませた。セコンドオフィサー(2等航海士)が、次席さん、乗船祝いに久しぶりに麻雀でもいきますか、御祝儀でもあげますよ!ときた、いやー、3カ月も休んだら麻雀は忘れましたわ、俺が、教えてあげる!先が長い、今日は遠慮することにした。
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参った!1年前は夏木山へ行きアケボノツツジ、ミツバツツジに感動し、今年は夏木山か古祖母山から障子岳へ行く事を企んでいたんだが病気の生体検査で外科の先生が「暫くは過激な運動は控えて下さい」と釘を刺され、傷口もきれいになり今日の休みは、場合によっては最後の山登りになる事も考えられるしジックリと九重の山々を眺めに行こうかと考えたんだが天気予報は雨、曇り、綺麗な景色が望めない山は今の爺の心境からして行きたくもない。
午前中は入院時に必要な書類の作成やらで終わってしまったし、午後は思いたった必要なものを買いに出かけ、掛かりつけ医に行き毎日服用中の薬を二月分の処方をしてもらい一日が終ってしまった。午後からは天気も雨に変わり結構な降り方に変わって来た、山に行かないで正解だったね。
明日から4日間出勤し5月1日(日)は休みで、2日が出勤し3~5日まで休ませていただき6日から入院になる。退院後の事は主治医や体調などと相談して決めようと考えているが2日が最後の仕事になる可能性が強いか?暫くは憂鬱な日が続きそうだ、、、
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医者今日は病院へ行く日、先日の生体検査の結果が解るはずだが、今日は12時の予約だ。今回は採血も無く先生の話を聞くだけで外来の最後の予約かな、と思っていたので30分~1時間もあれば終わると判断し出勤し会社の許可を頂き病院へ、、30分ほどで呼ばれて診察室へ。検査の結果を聞き、〇〇さん、これだけ証拠が揃うとやはり抗がん剤治療を始めないといけないです、、との事で正式に入院が決まった。退院後も当分は通院治療になるが、体調もよく気力があればもう少しだけ仕事に復帰したいと思っているんだが先生の説明から判断して、悔しいがちょっと難しいかな、と感じたね。ネットなどで調べると10万人に数人程度の病気のようだが内心、何で自分の人生で二回も面倒な病気にならんといけないのかね?とも思うがこれも運命だろう、ポシティブに考え病と闘うしかないだろうで、、、🤣😒😢
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images 考える月日の経つのは早い、1月25日大阪の堺港で霞峰丸を休暇下船して2ヶ月が過ぎた4月のある日、本社より一通の電報がきた、乗船命令だ! 4ツキ20ヒ、サカイニテ、カホ〇ゼウセンネガウ」センインカ (4月20日堺にて霞峰丸乗船願う」船員課 ) 実は前に本社の船員課に電話して乗船希望などを連絡してある、どうせタンカーに乗るならまた霞峰丸が良いね。最新鋭の20万トンクラスのタンカーはどうも乗り心地が悪い、その点、12万トンの三島型の霞峰丸は最高だ。本社船員課勤務の経験があるんだ、多少は無理も聞いて頂けるってもんだ、、私が乗船時の通信長が休暇下船し、私が下船した時に交替で乗船してきた2等通信士の先輩が通信長に昇格し、私がその後に2等通信士で乗船するわけだ。乗船中は毎日、無線で社船連絡と言うのがあり、社船の動静は解っている、通信士の特権だ。下船前から、この次の乗船する船は又霞峰丸にしよう! 自分で決めていた。乗船が決まると又何かと忙しい、先ず市内にある指定の病院へ行き健康診断を受けに行かなければいけない、また半年ほど家を留守にする訳だ、これもやっておこう、あれもやらなければいけない、結構忙しい毎日だね、、 
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【海上自衛隊バンドフェスティバル】 合同演奏

   
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岡城址
1月25日に大阪の堺港で霞峰丸を休暇下船して早いもので1ヶ月が過ぎちゃった、2月初めに一人で鹿児島へ観光に出かけ、天気の良い日は1才を過ぎヨチヨチ歩きの長男を連れて3人で県内の観光地によく出かけた、、せっかく借りたレンタカーだ、使わない手はない。臼杵市の国宝の石仏見物、高崎山の猿を見たり、国東半島、くじゅうを訪れたり、稲積鍾乳洞に行ったり結構忙しい毎日だ、乗船は4月の下旬の予定だ、ポカポカ陽気のある日、家族3人で竹田市の岡城見物に出かけた(写真)

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岡城址
岡城は竹田市出身の滝廉太郎の ”荒城の月” の舞台になった城はあまりにも有名だ。源平合戦において、郷土の武将「緒方三郎惟栄(これよし)」が九州武士団を率いて、大宰府に落ちてきた平氏を九州から追い落とし、平氏滅亡のきっかけとなった事は有名である。豪傑で知られる惟栄だが、源頼朝と仲違いをした源義経を迎え入れるため、文治元年(1185)岡城を築城したと伝えられている。しかし、頼朝の怒りを買った惟栄は群馬県沼田に流され義経入城の夢は幻と消えたのである。
その後、岡城は中世では志賀氏の居城となり、天正14年(1586)には島津藩3万7000人もの軍勢に対し、わずか1,000人で撃退した。その戦いぶりに豊臣秀吉から感状を与えられたと言う。難攻不落の名城は、文禄3年(1594)、中川公の入封によって岡藩の城となった。
現在残されている城郭は、中川公によって築城されたもので、本丸、二の丸、三の丸、西の丸などの主な曲輪(くるわ)から成っている。趣味人であった藩主は、城の北側にある絶壁を三日月型にくり抜き、その中に明かりを灯して、月のない夜も月見の宴を楽しんだと言われている。又
岡城跡の松籟(しょうらい)」(松葉が風にゆれ動く際に立てる音)は、『日本の音風景100選』に選ばれている。
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01CLP11693仕事が休みの今日、起きると曇天だ、間もなくパラパラと雨が降って来た、天気予報通りなんだが最近の天気予報はよく当たるね。昨日までは快晴の良い天気、明日は又晴れの予報だ、何で俺が休みの時になると雨が降るんだい?と言いたくなる、普段の行いが悪いんだろうで、、、
今日はどうしても市役所に行きたい用事があるんで、むしろ雨の方が素直に落ちついて行けるかな。ご当地に引っ越してきてから過去にも何回となく、いろいろな手続きなどで市役所に来たことがあるが、そのたびに感じることがある、とても親切に感じのいい対応をしていただいた事だ。ご当地に引っ越して初めて、転入などの手続きで市役所に来た時のスタッフの対応に感動したネ、、内心、たまたま対応していただいたスタッフが良かったんだろう、と思ったんだが、しかーしだ!数週間後に他の課に用事で行き通路でウロウロしていると、気付いた女性スタッフが、わざわざ中から通路に出てきて親切に対応していただき嬉しかった思いがある。その後も何度か市役所に行くがそのたびに感じるね。決して以前の市役所の対応が悪かったとは言わないが、、ある時エレベーターに乗った時に私が一人だったが、当時の市のトップの人が乗って来た、エレベーターの真ん中に、ズボンのポケットに両手を突っ込んでデーンと立ち、こっちは隅に動いたね、、選挙になればペコペコして、当選すればこのざまかよ、と怒りが込み上げてきたことがある。
今日もある手続きで市役所に行き、2回の通路で、何処に行けば良いんだろう?躊躇していると気が付いた若い男性スタッフが通路まで出てきて、、、それでしたら隣のこちらの課になりますから!と親切に案内してくれ、女性スタッフにその旨を告げてくれた。女性スタッフは親切に解りやすく説明してくれるが、歳を重ねると自分でも情けなくなるほど直ぐに理解できない、😢何回も同じことを聞き返したり、それでも嫌な顔もせず説明してくれる、、いろいろと有難うございました、お手数をおかけしました、、するとニコニコしながら、いいえ、気を付けてお帰り下さい!仕事とはいえ頭のさがる思いだった。
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